幕末ちゃんねる

幕末史中心の2chまとめサイト

タグ:ニュース

1: 幕末まとめ 2018/06/13(水) 14:41:07.85 _USER9
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180613-00000027-dal-ent

NHK大河ドラマ「西郷どん」で俳優・松田翔太演じる“ラスト将軍”徳川慶喜が脚光を浴びる中、
唯一存命する慶喜の孫・井手久美子の自叙伝「徳川おてんば姫」(東京キララ社)が13日、発売された。
大政奉還から150年となる昨年に書き上げた波乱万丈の人生が明治150年の今年、書籍化され、
95歳にして作家デビューを果たした。千葉県内の自宅で筆者の思いを聞いた。(文中敬称略)

1922(大正11)年9月22日に当時の東京市小石川区小日向第六天町(現在の東京都文京区春日)にあった
徳川家の屋敷で生まれた。「祖父が亡くなって9年後に生まれたので『お写真様』と呼ばれる部屋に飾られた写真を
『おじじ様』と教えられました。“おかか”がおじじ様の好物だったそうです」。公爵で従一位だったことから“一位様”
とも呼ばれた祖父は、日常会話の中で生きていた。

その住所から「第六天」と称され、慶喜が生涯を閉じた屋敷は3400坪で約50人が生活。幼少期から姉たちと庭で遊び、
女子学習院には車の通学を嫌って市電で通った。外で遊べなかったが、学友と敷地内のテニスコートでボールを追った。
乗馬など運動好きで、いつも日焼け。「楽しくて夢のようでした。木に登ったり、おてんばでしたね」と笑う。

18歳で侯爵家の長男・松平康愛と結婚。久美子は「結婚式で十二単(ひとえ)を着たのですが、はかまの丈が短く、
その中に蚊が入ってきて、かゆくてたまりませんでした」と裏話も。夫は海軍少尉として出征。自身は空襲時、
疎開先の八王子で火の粉が飛ぶ中、バケツを持って屋根に上がった。「戦争中は大変でした」。敗戦の玉音放送を聞きながら、
「ほっとしました」と実感したが、翌年、夫の戦死が確認された。

戦後、華族制度は廃止され、戦火を免れた「第六天」は国に物納された。47年、亡夫と成城高校アイスホッケー部で
仲間だった医師の井手次郎と再婚。徳川家のお姫様は病院の仕事で多忙となる。

「泌尿器科の患者さんも多く、包茎だ、パイプカットだという言葉も平気になったのですから、人は変わるものです」-。
50年生まれの長男・井手純は「特殊な所に生まれても、庶民の生活に飛び込んで慣れも早かったところが、
おふくろの気性というか、今でもこうして生きていられるということなんじゃないかと思いますね」と順応性を指摘する。

次姉・喜久子は高松宮妃殿下。「実の家族のようにかわいがってくださった」という高松宮親王を通して兄・昭和天皇とも接した。
第六天の屋敷跡は現在、国際仏教学大学院大学の敷地。久美子は車いすで現地に赴き、今も残るイチョウの下で万感の思いに浸った。

昨年、39度の高熱を出すなど健康面の不安を抱えながら、13年前に着手して中断していた原稿を一念発起で完成させた。
長男と暮らす自宅には慶喜の写真と葵(あおい)の紋が額縁に入って掲げられ、その下で「鬼平犯科帳」など時代劇のDVDを楽しむ。
今年96歳。新刊本を手に「本当にありがたいことです」と実感を込めた。


初の自叙伝を手に、感無量の心境を語る徳川慶喜の孫・井手久美子さん=千葉県内の自宅
1


続きを読む

1: 幕末まとめ 2018/04/12(木) 20:27:26.06 BE:155743237-PLT(12000)
1

龍馬宛て、桂の手紙原本を発見 倒幕「大舞台」の決意促す
2018年04月12日 19:31

高知県立坂本龍馬記念館(高知市)は12日、幕末期の大政奉還前に、
長州藩の桂小五郎(木戸孝允)が龍馬に宛てた手紙の原本が見つかったと発表した。
倒幕全体を能の「大舞台」、大政奉還を「狂言」に例え、土佐藩の決意を促す内容。
複製で知られていたが、原本の所在が分からなかった。21日から同館の常設展で公開する。

同館の三浦夏樹学芸員によると、1867(慶応3)年9月4日付。
長崎にいた龍馬に宛てたもので、縦約17センチ、横約286センチ。

手紙で桂は、「狂言」が失敗すれば「大舞台の崩れは必然と存じ奉り候」と指摘。
大政奉還を着実に進めながら、徳川将軍家との武力衝突も想定し、
土佐藩の板垣退助と薩摩藩の西郷隆盛の協力が「最も急務」と説いている。

龍馬は手紙をもらった後、独断で土佐藩に買い取らせるための
ライフル銃を千丁以上購入し、藩の重役に倒幕への覚悟を求めたという。

筆まめで知られる龍馬の手紙は100通以上が現存しているが、
龍馬宛てのものは今回で7通目。昨年、京都市の古美術商が売りに出しているのが判明し、
同館を運営する高知県文化財団が近く650万円で購入する。

三浦学芸員は「各藩の駆け引きが分かる貴重な史料。龍馬は各地を巡っており、
自分宛ての手紙の多くを処分したのではないか」と話している。

https://www.gifu-np.co.jp/news/zenkoku/CO2018041229310194.html
15: 幕末まとめ 2018/04/12(木) 20:42:17.23 
実際龍馬って時代劇みたいに西郷や桂にあんなぞんざいな口調で話してたんかな? 

93: 幕末まとめ 2018/04/13(金) 08:11:19.85 
>>15 
武器商人だから 
「へ、へ、へ。いい銃と娘っこありやすぜ旦那」 
とか喋ってたんじゃね 

続きを読む

1: 幕末まとめ 2018/04/01(日) 09:24:18.40 _USER9
1

産経新聞 2018.4.1 05:00

「坂本龍馬」を外し「従軍慰安婦」を明記するなどした高校歴史用語精選案を作成した民間団体「高大連携歴史教育研究会」(会長・油井大三郎東大名誉教授)が、
外部からの批判を踏まえて用語の選定基準を修正したことが31日、分かった。
波紋を広げた坂本龍馬などの人物用語をめぐっては「一般によく知られた人物などを厳選して取り上げる」とし、評価が分かれる近現代史の用語についても偏った教育にならないよう注意を促す項目を追加した。
近く団体のホームページに掲載する。

精選案の用語選定を統括した副会長の桃木至朗阪大教授は産経新聞の取材に対し、
すでに公表している用語リストの改定については「専門家から多数の意見が寄せられている」として含みを持たせたが、今後の方針は明示しなかった。
用語選定グループには複数の教科書執筆者が入っており、教科書編集への一定の影響力があるとの見方もある。

同団体は増え続ける歴史用語の暗記偏重から歴史的思考力の育成を目指す授業への転換を目指し、全国の大学、高校の教員らの呼びかけで平成27年に発足した。会員数は約400人。
生徒が議論する活動を重視した当時の高校学習指導要領案の方針も踏まえ、29年11月に世界史、日本史とも現行教科書の約半分となる1600語程度の精選案を公表した。
今年3月末までに最終案を公表し、教科書会社や大学入試関係者に提言するとしていた。

ただ、坂本龍馬、武田信玄といった有名な人物が数多く外れたことに批判が集まったほか、現行教科書で少数表記である「従軍慰安婦」「南京大虐殺」などが入り、物議も醸した。
この団体には延べ約40人の教科書執筆者が含まれ、一部の会員で構成された選定グループにも複数の教科書執筆者が入っていたため、教科書編集や大学入試への影響も指摘されていた。

団体は精選案を公表した昨年11月から今年2月末まで、他の学術団体と選定基準に関するアンケートを実施。
その結果、「歴史用語の精選に一定の理解が得られた」としたが、選定基準には賛否が分かれ、一般からの批判的な意見なども踏まえて基準を修正した。
高校現場からも内容の再検討を求める声が出ていた。

団体の選定基準は、大半の教科書に掲載され、時代の流れが分かるような概念を中心に選び、文化史用語は必要最低限にする-というもので、
修正後は「国民意識の涵養(かんよう)などを踏まえ、よく知られた人物・事件を厳選する」「政治的・外交的に理解が分かれる事項は多面的な理解・考察ができるように取り上げる」を追加した。
用語集については「複数のリストがあってよく、入試問題や教科書はそれらを参考にして、あくまで自主的に作られるべきもの」との考え方も示した。



【用語解説】歴史用語精選案

歴史授業での暗記偏重の克服を目指す高大連携歴史教育研究会が昨年11月、歴史的思考力育成型科目への転換を図るため、「教科書本文に載せ、入試でも知識として問う基礎用語」として、
日本史、世界史とも現行の半分となる約1600語を選択し公表。これら以外の用語については、教科書のコラムなどで「発展用語」として収録することを否定していない。

http://www.sankei.com/life/news/180401/lif1804010012-n1.html
http://www.sankei.com/life/news/180401/lif1804010012-n2.html

続きを読む

1: ばーど ★ 2018/03/17(土) 15:53:12.15 _USER9
 幕末の雄藩だった佐賀県で17日、今年の明治維新150年を記念した「肥前さが幕末維新博覧会」が開幕した。卓越した技術力で近代化をけん引した佐賀藩の歴史を振り返るとともに、文化や食といった現代の多彩な魅力を発信する。来年1月14日まで。

 佐賀藩は、江戸時代にオランダとの貿易拠点だった出島(長崎市)の警備を任されており、西洋の科学技術をいち早く取り入れて国内初の鉄製大砲や実用蒸気船を造った。元首相で早稲田大創立者の大隈重信や、日本赤十字社の前身を創設した佐野常民ら、多くの偉人も輩出した。

 佐賀市では、佐賀城跡近くのメイン会場「幕末維新記念館」で、10代藩主・鍋島直正らの功績を最新の映像技術を駆使して紹介。大隈や明治新政府で初代司法卿(現在の法相)を務めた江藤新平らが学んだ藩校「弘道館」を体験できる施設や、人間国宝の手による有田焼などの器や地元食材を堪能できるレストランを設けた。このほか県内各地で、関連イベントが行われる。

 開幕式には維新を進めた薩長土肥(鹿児島、山口、高知、佐賀)の4知事が集結。鹿児島県の三反園訓知事から「薩摩は佐賀を模範に近代化を歩んだ」と持ち上げられると佐賀県の山口祥義知事は「鹿児島がここまで認めてくれた。歴史的な話だ」と笑った。〔共同〕

明治維新150年を記念した「肥前さが幕末維新博覧会」の開幕式に集まった薩長土肥4県の知事(17日午前、佐賀市)=共同
no title


2018/3/17 11:11
日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO28269530X10C18A3ACX000/
2: 名無しさん@1周年 2018/03/17(土) 15:54:57.85 
佐賀 

3: 名無しさん@1周年 2018/03/17(土) 15:55:43.67 
しかし地味 

6: 名無しさん@1周年 2018/03/17(土) 15:59:27.91 
殿様が面妖だったからなぁ~ 

続きを読む

1: 幕末まとめ 2018/01/17(水) 18:11:53.75 _USER9
会津若松市に寄贈された会津藩士・山川浩の資料=会津若松市で
no title

福島県会津若松市に寄贈された会津藩士・山川浩の資料=福島県会津若松市で2018年1月16日、湯浅聖一撮影
no title


 会津藩士で「会津の知将」と称された山川浩(1845~98年)ゆかりの品が16日、会津若松市に寄贈された。戊辰(ぼしん)戦争勃発の一戦となった1868年の鳥羽伏見の戦いの敗走中、熱病にかかった山川を手厚く看護した和歌山県御坊市の中野家が所有していた資料で、会津若松市の担当者は「会津藩士が苦労して江戸の会津藩邸に帰還したことを具体的に表す貴重な資料」と評価している。今春に一般公開する予定だ。【湯浅聖一】

 山川は会津藩で家老を務めた山川家の長男。若くして家督を継ぎ、藩主・松平容保(かたもり)が京都守護職に就くのに伴って上洛した。戊辰戦争後は斗南藩で大参事となり、その後は陸軍少将、貴族院議員に、98年には男爵に叙せられた。

 戊辰戦争では、鳥羽伏見の戦いで会津藩を率いたものの、敗れて退却。藩士約1800人とともに紀州に落ち延び、小松原村(現和歌山県御坊市)にたどり着いたところで熱病にかかった。当時、紀州藩からは敗走兵をかくまわないように通達が出されていたが、中吉旅館の主人・中野吉右衛門の母でおかみのおこうが献身的に看護し、命を救われて江戸の藩邸に帰った。

 寄贈された資料は、山川が明治政府の役人などになっていた82~89年に中野家の恩義に報いようと、吉右衛門に宛てた感謝の手紙や九谷焼の大皿など9点。山川が学事巡視で和歌山に再訪した際に土産として贈った会津塗りのわんや、大水害時の見舞状などが含まれている。

 吉右衛門のひ孫にあたる中野健さん(64)=横浜市戸塚区在住=が、空き家となっていた実家を調べて発見。今年が戊辰戦争から150年になることから会津若松市への寄贈を決めた。中野さんは「親などからも聞かされていなかったので驚いている。ゆかりのある会津若松市と歴史を共有し、交流につながれば」と話している。

 市教委文化課の近藤真佐夫主幹は「会津藩が戊辰戦争で『賊軍』と言われたにもかかわらず、親身になって世話や交流を続けてくれたことに感謝したい。山川の資料は地元でも少ないので、今後資料を分析したい」と話した。市は4月下旬にも市歴史資料センター「まなべこ」で一般公開したい考えだ。

毎日新聞 2018年1月17日 地方版
http://mainichi.jp/articles/20180117/ddl/k07/040/280000c?inb=ra


続きを読む

↑このページのトップヘ