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タグ:土佐勤王党

1: 幕末まとめ 2017/12/07(木) 16:51:04.80 _USER9
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武市半平太の直筆の証文発見 鑑定者と所蔵男性は

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171207/k10011249851000.html?utm_int=news-culture_contents_list-items_001

尊皇攘夷を唱えた幕末の志士、武市半平太が、後の「土佐勤王党」の一員となる志士などが通った剣術道場を開いたあと、田畑などを売ったことを示す直筆の証文が見つかりました。これについて、鑑定を行った高知県の「佐川町立青山文庫」の松岡司名誉館長と、蔵の中で所蔵していた男性が7日、高知市内で記者会見しました。
この中で松岡名誉館長は「武市半平太の生活に関する直筆の資料が残っていたことにとても驚いた。田畑などを売った際の価格は、今の価値に換算すると500万円ほどになり、『考えるところがあって売る』と書いているところに興味が沸き立つ。また別の証文からは、武市の先祖が塩の混じった田んぼで苦労しながらコメを育てていたこともわかった。貴重な発見で、当時の暮らしぶりや地元の人たちとの関わりについて研究を進めていきたい」と述べました。

また見つかった証文や刀などは、実家が武市半平太の生家の近くにある高知市の歯科医師、坂本憲昭さんが蔵の中で所蔵していました。
坂本さんは「武市が切腹で亡くなったあと、同い年の5代前の先祖がなきがらを荷車で運んだという話が代々伝えられるなど、武市家と交流がありました。今回の発見を機会に、より一層研究が進むことを願っています」と話していました。

見つかった証文などは、今月14日と15日、高知市仁井田にある「瑞山記念館」で一般に公開される予定です。

引用元: ・【高知】武市半平太の直筆の証文発見 鑑定者と所蔵男性は

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1: 幕末まとめ  2017/02/02(木) 06:36:42.52 _USER9
土佐藩士吉田東洋が安政地震の様子をつづった漢詩「大震行」(高知県立歴史民俗資料館提供)
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 土佐藩の改革を推し進めた藩士吉田東洋(1862年暗殺)が、54年12月の安政地震を体験した様子をつづった漢詩など新史料10点が、高知県南国市の県立歴史民俗資料館の保管史料の中から見つかった。野本亮学芸課長は「大津波が訪れる前の描写が非常に細かく、地震学的な面からも参考になるところが多いのでは」と分析。同館で29日から公開されている。

 新たに見つかったのは漢詩2点と教本2点、直筆の手紙6点の計10点。昨年、企画展の準備のため、過去に寄贈されていた史料を再調査する中で発見されたという。

 安政地震の直後に書いたとみられる「大震行」(縦125センチ、横55センチ)と題された漢詩には、「海底は墨をひっくり返したように濁る」「干満の動きは急である」など津波前の様子を記したとみられる部分や、「圧死者と焼死者が丘のように積み重なっている」などの趣旨が記され、太平洋に面した高知市長浜で体験した被害の状況を生々しく伝えている。

 当時、東洋は土佐で閉居中の身だった。詩には藩政の在り方に言及する一節もあり、野本課長は「東洋の非常に細かい性格とともに、政治の世界に復活しようとする内面が読み取れる貴重な史料だ」と話している。

 1854年の安政地震は東南海(東海も含む)の32時間後に南海地震が発生。内閣府の調査によると、一連の地震で数千人が犠牲になったとされる。

 新史料は5月10日まで、同館の企画展「幕末の土佐 書跡にみる人物群像」で公開される。

http://www.sankei.com/west/news/170129/wst1701290061-n1.html

2: 幕末まとめ  2017/02/02(木) 06:41:24.27 
長浜かよ 
たしかに津波来たら更地だわ
 
53: 幕末まとめ  2017/02/04(土) 17:23:02.17
なんで思想としては開国に近いのに殺されちゃうんかね

やはり鎖国維持勤皇とかいってる
勤皇党が間違ってたんじゃ


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1: 幕末まとめ  投稿日:2011/07/14(木) 18:55:14.07
 幕末の志士武市半平太(瑞山)の獄中詩が書かれた掛け軸が
高知市の民家で見つかり、14日、高知市立竜馬の生まれた
まち記念館が発表した。「(現体制への)恨み限りなし」と
元土佐藩主山内容堂への不満を表現している。

 獄中詩は七言絶句の漢詩。京都で友人らと会って政敵を倒した
夢を見るが、目が覚めて牢に居ることに気づいて限りない恨みを
抱いた、という内容。武市の漢詩を集めた「泣血(きゅうけつ)録」
にも収録されている。

 詩が書かれた紙は縦120センチ、横28センチ。付属文書によると、
武市を敬愛する牢番が書いてもらったものを、近くに住む豪商が
入手したとされる。

 鑑定した高知県佐川町立青山文庫の松岡司名誉館長は「武市の漢詩
のみが書かれた紙としては唯一の史料だろう。容堂への恨みが素直に出ており、
本心がよく表れている」と評価する。

 武市は坂本竜馬も参加した土佐勤王党の盟主。土佐藩政に大きな
影響力を持ったが、山内容堂の怒りを買って1863年投獄され、
2年後に切腹を命じられた。

ソース:http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/07/14/kiji/K20110714001208700.html


21: 幕末まとめ  投稿日:2011/07/14(木) 19:14:28.98 ID:43/eN6W+0
やっぱ山内容堂嫌いだったんだな。 
別に龍馬伝をまに受けていたわけじゃないが。


4: 幕末まとめ  投稿日:2011/07/14(木) 18:57:59.46 ID:rfTstV140
こういうのが残っているってすごいよね 
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1: 名無しさん@おーぷん 2015/02/12(木)19:49:51
吉野山  風に乱るる もみじ葉は 
わが打つ太刀の 血煙と見よ

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