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タグ:寺田屋事件

1: 幕末まとめ 2017/06/16(金)08:09:46
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 坂本龍馬が記した中で「最長」といわれ、1913年に火災で焼失したとみられていた手紙のうち、6枚を北海道の男性が所有していることが高知県への取材で15日、分かった。
 
 手紙は龍馬が長崎で記したとされ、慶応2(1866)年12月4日付。
 写本から内容は全て判明しており、6枚は手紙全体の約4割とみられる。兄の権平らに宛て、幕府側の襲撃を受けた寺田屋事件の話などをつづっていた。

(省略)

全文はこちら
産経ニュース
http://www.sankei.com/life/news/170616/lif1706160005-n1.html



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1: 名無しさん 2017/06/03(土) 23:03:05.59 _USER9
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幕末の志士、坂本龍馬が寺田屋事件(1866年)で幕府側に襲撃された後、かくまわれた「薩摩藩伏見屋敷」の絵図が見つかり、京都市伏見区の神社「城南宮」が3日、発表した。
屋敷は1868年の鳥羽伏見の戦いで焼けた。敷地の広さや建物の配置、間取りなどが初めて明らかになった。

発見された「薩摩藩伏見屋敷」の絵図=城南宮提供・共同

京都国立博物館の宮川禎一上席研究員は「歴史が動いた舞台の詳細が分かる貴重な資料」と評価。「龍馬は屋敷の北東、管理者がいた部屋の周辺に担ぎ込まれたのではないか」と推測する。

寺田屋事件は、薩長同盟を取り持った龍馬を伏見奉行所の役人が襲撃。負傷した龍馬は材木小屋に身を隠し、薩摩藩が救出、屋敷に運び込んだ。
幕府側が龍馬を引き渡せと迫ったが、薩摩藩が拒否、両者の亀裂が決定的になったという。

城南宮などによると、絵図は江戸中期の1786年、改築工事などのために作られたとみられ、縦約1メートル、横約1.3メートル。
敷地は南北99メートル、東西64メートルで、間取りや配置はほぼそのままだった可能性が高い。

今年4月、城南宮の宮司が古書店で発見、購入した。絵図は4日から城南宮で、7月25日から同博物館で公開する。〔共同〕

配信 2017/6/3 21:38
日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG03H4T_03062017CC1000/




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